「ソウル情報」
こちらでは、ソウルの骨董情報をご提供しております。ソウルの骨董街、仁寺洞、踏十里・長安坪古美術商街、黄鶴洞等の関する情報のご提供。また、それら地域の骨董店のご案内も致しております。
お食事処につきましても、骨董街の周辺を中心にソウルのお食事処を幅広くご案内致します。 ソウルの骨董街へお出かけの際には、ぜひご参照の上、ご利用ください。
ソウルタワーの見える風景 2025年8月
今回も행운 미용실(ヘンウン(幸運) 美容室)で髪を切って来ました。その행운(ヘンウン)ですが、前回訪韓時に6月で以前の店は閉めて、私が定宿にしているRAINBOW HOTELの向かいの新しい建物に移転するとのことでした。次また来る時は電話してくれと言って電話番号を書いて渡してもらってましたので、出発前に何度も電話したのですがかかりません。コール音もせずにすぐ切れてしまうんです。どうやら海外からの電話を受けないように設定しているのではと思い、現地の友達に頼んで確認してもらいました。ホテルの向かいに新しく出来たLOTTE CASTLEの2階207号ということが分かりました。今後距離的には近くなりましたが、また一つ当時の私の通勤路の思い出の風景が消えていくのはさみしいですね。ちなみに料金は15,000ウォンから20,000ウォンに値上がりしてました(笑)。행운 미용실(ヘンウン(幸運) 美容室)については2024年3月29日の記事に詳しいので関心のおありの方はそちらをご参照ください。(2024年3月29日の記事へはこちらをクリック)
今回もソウルタワーの見える風景を写真に納めて来ました。
1番最初の写真は見ていただけばお分かりのとおり、ソウル駅から撮った1枚です。ずいぶん遠くに小さく写っていますが、SEOUL STATION の文字を残部入れようと思うとこうなりました。2番目と3番目がタワーを大きく撮ったものです。4番目もソウル駅から撮ったものですが、位置も日にちも違います。
今回は国立中央博物館に行きましたので、ここからのタワーの見える風景もまた撮って来ました。5番目目(ここでの最初)と6番は、入り口前の広場奥の大階段の下から撮ったものです。この日は平日でしたが夏休み中のためでしょうか、人が結構多かったですね。次が階段の上から撮ったものです。残念ながらこの日はあまり晴れてなかったので、タワーがあまりきれいに写ってませんね。
その次は明洞で撮ったものです。8番目(ここでの最初)の写真の位置からタワーを大きく撮ったのがその次の写真です。その後の2枚は同じく明洞の少し違う位置から撮ったものです。こちらも国立中央博物館と同じ日で、天気がイマイチで逆光気味でもあったので、こんな感じでした。
最後の2つは宿所近くの南榮洞(ナミョンドン)で撮ったものです。過去の通勤路からのタワーを今回は撮ってなかったですね(笑)。
仁寺洞 아름다운 차박물관(美しい茶博物館) 2025.8
台風15号が通過しましたね。こちら京都の方は、雨もそれほどひどい降りではありませんでしたし、よかったよかったと思っていたんですが、各地でかなりの被害が出たようですね。線状降水帯による大雨にの被害もあったようですが、竜巻の発生した地域もあったようで驚きました。竜巻というとアメリカのように広い平地の広がるような土地条件のところで起こるものだと思っていたんですけどね。被害のあった地域での復旧が早く進むといいんですけどね。特にこの猛暑の中、停電したりしてエアコンが使えない状態だと本当に大変ですからね。
ここから先月のソウルの報告になります。いつもどおり今回もまた仁寺洞にある伝統茶店の아름다운 차박물관(美しい茶博物館)に行って来ました。到着の翌日8月27日(水)に行って来ました。踏十里・長安坪、仁寺洞の骨董店を回った後、遅い午後の時間に訪ねるといういつもどおりのパターンでした(笑)。
ここのお店のある場所が分かり難いということは、以前から何度も申し上げています。お店の場所については前回の報告時に分かりやすい見つけ方をお知らせしておりますので、そちらの方をご参照くださいね。(前回の報告をご覧になるにはこちらをクリック)
今回は暑い夏場ということで冷たい物をいただきました。수정과〈スジョンガ〉(干し柿の入ったシナモンの香りのする韓国伝統茶)か식혜〈シッケ〉(もち米と麦芽を発酵させて作る韓国の伝統的な甘いお飲み物。日本の甘酒に似ているがアルコールは含まない)が飲みたかったのですが、どちらもメニューになかったんですよね(笑)。
それで今回は미숫가루(ミスッカル)を注文しました。미숫가루(ミスッカル)とは、米粉・小麦粉(はったい粉)・豆粉などを蒸したり炒ったりしたものを粉にして混ぜ合わせたものです(写真1番目と5番目)。後で考えるとオミジャ(五味子)茶でもよかったかなと思いました(笑)。
ギャラリーの方ですが、今回は Naomi Gunji という日本人(多分)の方の展示でした(写真8~13番目)。ガラスや陶磁器の作品でしたね。韓国の方で活動されている方のようですね。
国立中央博物館2 寄贈館
先に国立中央博物館の特別展「새 나라 새 미술:조선 전기 미술 대전」(新しい国 新しい美術:朝鮮前期の美術大全)をご紹介しましたが、今回は通常展示の方の寄贈館についてご紹介いたします。
まず1階は現在朝鮮半島の原始から終戦までの展示がされていました。その1階奥には高麗時代の大理石の石塔で国宝の敬天寺 十層石塔がそびえ立っています。
寄贈館は2階にあります。寄贈館はその名のとおり、こちらの博物館に寄贈された美術品が展示されているスペースです。以前は「○○紀念室」のように、寄贈者ごとに固有のスペースが設けられていましたが、現在は一つの広いスペースに多くの寄贈品が展示されるようになりました。その中でも特に私が楽しみにしているのが박병래(朴秉來 パク・ピョンネ)氏の寄贈品です。2番目の写真の上から2番目に박병래(朴秉來 パク・ピョンネ)氏の名前がありますね。次の写真が朴秉來氏の肖像です。
朴秉來氏は医師で李朝の白磁や染付を中心に蒐集され、それらのコレクションを国立中央博物館に寄贈されました。寄贈品の中でよく知られているものに写真4番目・5番目の白磁青華蘭草花紋瓢形瓶がありますね。日本民芸館にある染付秋草文面取壺はこの手の瓶の上部を欠いたものですね。民藝館のホームページの所蔵品紹介でも「染付秋草文面取壺(瓢形瓶部分)」とされていますね。
寄贈品の中で私が好きなのが多くの動物の形をした水滴たちで、特に好きなのが染付白磁辰砂海駄形水滴です(写真6番目)。染付と辰砂が使われた大変貴重でかわいい海駄の水滴です。これを苦労して入手した後は、嬉しさのあまり白衣のポケット(お医者さんでしたから)に入れて持ち歩いていたそうですよ。
この他にも、兎や瑠璃鉄砂の海駄形水滴、蛙、鶏などその蒐集品の中には可愛い水滴が沢山あります。
その他の展示品についてはどなたの寄贈品かは定かではないのですが、写真10番目は華角張りの箱です。華角張とは、牛の角を薄く切ってそれを半透明にし、その裏面に顔料で絵を描き、これを貼り付けて装飾したもので、李朝独特の工芸品です。糸巻、物差し、櫛、筆筒、箪笥等にその技法が見られます。その後の染付の乳瓶と鶏龍山徳利は日本酒好きのコレクターにはどちらもまさに垂涎の的ですね。
もし今後ソウルの国立中央博物館に行かれることがあれば、寄贈館をぜひ見に行ってみてください。
国立中央博物館の最寄り駅は地下鉄4号線の이촌(イチョン)駅です。2番出口を出ますと博物館への地下道があり、途中には動く歩道も設置されています。
国立中央博物館 特別展「새 나라 새 미술」
3日目の8月28日(木)は元々は大邱へ行って大邱澗松美術館(テグカンソン美術館)を見学する予定でしたが、KTXの席が取れずに断念しソウル市龍山の国立中央博物館をゆっくり見学することにしました。
この時は特別展「새 나라 새 미술:조선 전기 미술 대전」(新しい国 新しい美術:朝鮮前期の美術大全)という展示が行われていまして、これを中心にゆっくりと鑑賞して来ました。残念ながら展示期間が、2025年6月10日(火)~2025年8月31日(日)でしたので、もう終了してしまったんですけどね。私はギリギリ観ることがでしました。こちら国立中央博物館は常設展は無料なんですが、特別展は有料で8,000ウォンだったんですが、前日に知り合いの業者からチケットをもらってましたので無料でした。850円ぐらいですけどね(笑)。
展示の方は朝鮮王朝成立後の朝鮮前期の美術、陶磁器においては粉青砂器、白磁が大量に展示されていました。各地域の窯別に粉青砂器が壁に貼り付けられて展示されていたり、大量の粉青砂器や白磁が壁の棚何段にも並べて展示されているのは圧巻でした。
展示物の中には韓国・東國大学校博物館蔵の国宝「青華松竹紋弘治二年銘壺」もありました(写真10番目)。弘治2年は1489年で15世後期なんですね。この時代の染付は大変貴重ですし、また松竹紋でも筍の図が入ったものというのは、他に例が無いと思います。前職の時に東國大学校の100周年記念で訪問した際に見て以来、現物を見るのはおよそ20年ぶりぐらいでしたかね。感慨深かったです。
それと大阪東洋陶磁美術館所蔵の「白磁鉄地 壺」にそっくりな壺(写真11番目)があり、大阪東洋陶磁美術館から借りたものかと思ったら個人蔵となっており別物でしたね。壺の下半部に鉄絵具を塗りその上から透明釉をかけて焼成したもので、同手の壺はこれまで見たことが無かったので、他にも存在していたとは衝撃でしたね。
15番目写真の染付と鉄砂の宝珠形水滴も貴重なものですよね。李朝初期の水滴自体が貴重ですし、そこに染付や鉄砂で絵付けされたものとなるとさらに数が少ないですからね。
陶磁器の他にもこの時代の書画や仏画、仏像なども展示されていました。
今回大邱へは行けませんでしたが、逆にこの特別展を観られて本当によかったですね。
ソウル骨董街 2025年8月
今回は私のミスで航空券をいつもの関空⇔仁川ではなく、行きの便を金浦空港行でとってしまいました。これが大失敗でした。今金浦からはソウル市内への高速バスが無いんですよね。地下鉄・空港鉄道、またはタクシーしか手段が無いんですよね。空港鉄道でソウル駅までは安いし速いんですけど、乗り場までの移動距離も長いし、乗る時も降りてからもなんですが、エレベーターやエスカレーターを使って結構上下しないといけないので、荷物があると結構大変なんですよね。さらにホテルのある南榮(ナミョン)駅までは一駅なんですが地下鉄1号線に乗り換えなければならならず、これがまた階段での上り下りもあってさらに大変なんです。
いつものように仁川空港からだと6001番のリムジンバスに乗ればホテルの近くまで直行できるので楽ちんなんですよね。今後気を付けないとホテル到着前に無駄に疲れてしまいますからね。若い時ならそれぐらいは平気だったんですけどね(笑)。
今回も着いて2日目の27日(水)に長安坪・踏十里・仁寺洞と骨董街を回って来ました。今回は、というか今回も黄鶴洞には行けませんでした。というか暑いので外を長く歩くのが嫌だったから行かなかったんですね(笑)。駅から結構歩きますのでね。その割に立ち寄るべき店が1軒しかないですからね。次回は行きたいと思います。
今回は骨董街の写真があまりなくて、いつもは踏十里の方の写真が多いのですが、今回は長安坪の方の写真だけなんです。長安坪古美術商街は地下鉄5号線「踏十里」駅から4番出口を出て約5分ぐらい歩いたところにあります。宇成(ウソン)ビルと松和(ソンファ)ビルの2つのビルのそれぞれ1階と2階に骨董店が入っています。踏十里古美術商街に比べるとやや規模が小さいです。1番目の写真の手前が松和(ソンファ)ビル、後方にあるのが宇成(ウソン)ビルです。
今回の3番目以降の写真は宇成(ウソン)ビルのもので、店内の写真は以前こちらでご紹介した고운(コウン)というお店で撮らせてもらったものです。※고운(コウン)についての過去の記事を見るにはこちらをクリック
その後は、仁寺洞の方にも移動しました。
今回は長安坪と踏十里で主に木器類を購入しました。また整理がつきましたらこちらの「商品紹介」の方でご紹介させていただきます。
いつもどおり、よく知るお店の方にはお土産をもって訪ねましたが、主人に会えなかった店も結構ありましたね。骨董街は相変わらず活気が無いですね。
ソウル 2025年8月26日~29日
夏期休業期間中の26日(火)~29日(金)までの3泊4日のスケジュールでソウルに行って来ました。当初の予定では28日(木)には大邱(テグ)へ行って大邱澗松美術館(テグカンソン美術館)を見学する予定でしたが、東大邱までのKTXの席が取れなかったため今回は見送りになりました。以前見た青華白磁陽刻辰砂鉄砂蘭菊草蟲紋瓶をもう一度見てみたかったんですけどね。またの機会があるかなぁ。
ソウルも暑かったですが、最高気温32~33℃ぐらいでしたから京都の暑さに比べると大したことは無いですね。ただやっぱり外を歩くのはしんどかったですね。以前は8月末にもなるとソウルは涼しくなってたんですけどね。なので大邱に行く予定だった28日も国立中央博物館をゆっくり見学しました。特別展の「새나라 새미술(新しい国 新しい美術)」はよかったですね。詳細はまた追ってご紹介します。
仁寺洞・踏十里・長安坪の骨董街も行って来ました。今回は木器類を主にお買い物しました。
KTXが取れなかったり、帰りの飛行機が結局1時間半ほど遅れたりはしましたが、まあ何とか無事に帰って来られたのでよかったです。
こっちに帰ってくると暑さが応えますね(笑)。関空で建物の外へ出た瞬間に蒸し暑さで気分が悪くなります(笑)。
また明日以降に今回のご報告をさせていただきます。
ソウルタワーの見える風景 2025年3月末~4月初
今回の渡韓から帰国してもう10日以上が過ぎました。今回の報告はこれで最後になります。
前回は해방촌 (ヘバンチョン)と国立中央博物館などへ出かけて、そちらでのソウルタワーの見える風景をご紹介しましたが、今回は宿所の地下鉄1号線南榮(남영 ナミョン)駅から4号線淑大入口(숙대입구 スクテイプク)駅近くで撮ったもののみです。
1番目の写真は4月1日に撮ったものです。手前の塀は米軍基地の塀で、塀の向こう側は米軍基地です。米軍基地の塀越しに見たソウルタワーです。ソウルタワーがものすごく霞んで見えているのは黄砂のせいです。この日は相当黄砂が多く飛来していたようです。まあソウルではこの時期にこの程度では特別なことではないようですけどね。
2番目と3番目の写真は同じところから撮ったソウルタワーですが、日が違いまして2番目が4月2日に撮ったもので、3番目は到着した日の3月31日に撮ったものです。天気も違ったとは思いますが、4月1日と2日あたりがソウルでは黄砂が酷かったようですね。現地の人は全く気にしてないようでマスクもしてませんでしたけどね(笑)。
今回も행운 미용실(ヘンウン(幸運) 美容室)で髪を切って来ました(写真4番目)。その행운(ヘンウン)ですが、今年の6月で今の店は閉めて移転するとのことでした。移転先が私の定宿のRAINBOW HOTELの向かいに数年前から建設中の建物があるのですが、その中に店舗を借りるのだそうです。もう週6日仕事をするのはしんどいので、息子と一緒に自分は週2日だけ勤務するようにするのだそうです。次また来る時は電話してくれと言って電話番号を書いて渡してくれました。かつての私の通勤路からまた一つ当時の風景が消えていくんですね。さみしいです。
5番目と6番目の写真は행운 미용실(ヘンウン美容室)のあるかつての私の通勤路から撮ったソウルタワーです。
こちら京都市内は雨が降ったり止んだりの変なお天気ですが、予報では明日はいいお天気のようで、明日の平安蚤の市の開催が決定していますね。明日は定休日ですが午前中に平安蚤の市を見に行って、午後は5時頃までは店にいますので、平安蚤の市の帰りにお時間があれば寄ってみてください。
【ソウルお食事処】2025.4 Part2
3日目はおよばれの1日でした。お昼は延世大大学院の指導教授の先生と12:30に地下鉄3号線 경복궁(キョンボックン 景福宮)駅の2番出口でお会いすることになってましたので、その近辺でお昼をご馳走になりました。待ち合わせ場所から結構歩いて移動したところの食堂でした。「신의주 찹쌀순대(新義州もち米スンデ)」というフランチャイズチェーンの店でした。신의주(新義州)は北朝鮮の平安北道にある都市で、スンデは豚の血やもち米、春雨のような麺などを豚の腸に詰めて蒸した料理です。私はスンデはあまり好きではないのでユッケジャンを注文していただきました(写真2・3番目)。ユッケジャンは牛肉ともやしやワラビなど様々な野菜が入った、辛みのあるスープの料理です。久しぶりに食べましたね。美味しかったですよ。先生もお元気そうで何よりでした。私の1日の食事は朝と晩の2食しか食べないのですが、このような時は朝ご飯を食べずに出かけて2食としてます。
この日の夕飯は新村でカルビをいただきました。この日の午後は新村で昔の下宿と延世大学校を訪れていましたので、友達との待ち合わせ場所を新村にしてもらっていました。私が新村に約5年住んでいたのが90年代の話ですので、街の様子も全く変わってしまっていて、飲食店なども当時あった店というのはもうほぼ残ってなかったですね。かろうじて형제 갈비(ヒョンジェカルビ)という牛カルビのお店だけが残ってましたので、そちらで友達に牛カルビをご馳走になりました。建物も立派になっていて、以前よりも高級な感じのお店になっていましたね。
こちらで生カルビ(写真6・7番目)とヤンニョムカルビ(写真8番目 最後)をそれぞれいただきました。こちらのお肉はの質の方は間違いないですよ。写真見れば分かりますよね(笑)。場所は地下鉄2号線新村駅から延世大学校までの道の中間あたりにあります。
【ソウルお食事処】2025.4 Part1
今回は初日と2日目は남영동(ナミョンドン)即ち地下鉄 南榮駅・淑大入口駅周辺で食事を済ませました。ホテルの近くですね。今回もホテルは地下鉄1号線近くのRAINBOW HOTELでした。
初日の晩は元々約束があったのですがドタキャンされました(笑)。あちらではドタキャンが結構よくあります(笑)。先にご紹介したとおり、この日はSNSで見た餡子たっぷりの잉어빵(インオパン 鯛焼き)を買ってそれを2個食べて、あまりお腹が空いていなかったので、初日定番の「본투비 마늘 치킨 호프(ボントゥビ マヌルチキン ホプ Borntobe Garlicchiken Hof)の마늘 치킨(マヌルチキン にんにくチキン)をテイクアウトしてホテルで食べるか」と思ったんですが、この日はいつもの마늘 치킨(マヌルチキン にんにくチキン)とヤンニョムチキンを半々にして1羽分を食べましたが、これが大失敗(笑)。1羽分食べてると後半は冷めて冷たくなってきますので、冷えたチキン食べるのはキツイんですよね(笑)。テイクアウトは반마리(パンマリ 半羽)がいいようです(笑)。
※잉어빵(インオパン 鯛焼き)については2025年4月7日の記事をご参照ください。2025年4月7日の記事へはこちらをクリック。
2日目の朝は前回12月に来た時に発見した李朝の壺が沢山のパン屋さんの경성빵공장(景星パン工場)でパンを食べました。9時半頃に店に着いたのですが、何か営業時間が変わっていて10時からだということでしたが、今回だけはということで2階で食べました。この日はプチトマトの大きなピザとーストみたいなパン6,000ウォン、ねじった硬揚げドーナツみたいなのが3,500ウォン、リンゴパンが5,300ウォン、アップルティーが5,500ウォンで計20,300ウォンでした。日本円で2,080円ぐらいです。朝食としては高いですね。リンゴパンの中身はリンゴをポテトサラダみたいな状態にした物が入ってました。
私は食事を朝晩も2回しかしませんので、これぐらいしっかり食べますが、3食を食べる方の朝食なら大きなピザトースト1つか、他の2つだけぐらいで十分だと思います。
それとこれはかなり重要なお知らせですが、ここの2階での食事はお勧めできなくなりました。2階への階段の一段一段の高さがかなり違うので危険です。上がる時はまだそれが見えるので大丈夫ですが、降りる時に上から見ると段の高さの違いが分からないので大変危険です。前回も今回も降りる時に足を踏み外しそうになりました。前回の時は私が前日に膝を痛めていたので、そのせいだと思っていたのですが、今回階段に問題があることがはっきり分かりました。今後はこちらのパンは持ち帰りのみにするつもりです。皆様も階段が危険ですので、どうぞこちらの店に行っても2階では食事をなさらないでください。
2日目の晩は約束もありませんでしたので、これまでもご紹介した남영(南榮 ナミョン)駅近くの남영골(ナミョンゴル)でサムギョプサルを食べました。こちらのサムギョプサルは冷凍の薄切り三枚肉ではなく、写真のような固まりの肉を焼きながらハサミで切っていくというスタイルです。テンジャンチゲ付きです。2人前頑張って食べました(笑)。
久しぶりの新村 延世大学校へ 2025.4
引き続きまして、新村の延世大学校へ行って来ました。10年ぶりぐらいになるでしょうか。
昨日の投稿でお話ししたとおり地下鉄2号線の新村駅から北へ一直線の道で延世大学校へ行けます。歩いて5~10分ぐらいでしょうか。また地下鉄駅から地下通路を通って延世大学校へ行く道の中間点辺りまで行くことも出来ます。その地下通路の出口が1番目の写真です。エスカレーターがあります。
一本道を進んでいくと高架があってその下をくぐり抜けたところが延大の正門なんですが(写真2番目)、高架のすぐ手前右側に教会があります(写真3番目)。これは当時のままでした。教会のさらに手前に독수리다방(トクスリタバン)という喫茶店があったのですが、それが教会の手前(写真右側)の建物の中に現在はあるようです(写真4番目)。
ちょっと正面から撮れなかったので分かり難いですが5番目と6番目の写真が正門です。韓国は3月から開講ですので学生さんが大勢信号待ちしていました。校内に入ると案内図があるんですが(写真7番目)、広過ぎて文字が細かくてこれではよく分かりませんね(笑)。しばらく行くと박물관(博物館)と書かれた建物があります(写真8番目)。これは100周年記念館という建物でコンサートホールもある建物です。当時常時公開はしてなかったと思います。中に入ったことは無かったですね。
さらに進むと左手に中央図書館(写真9番目)、右手に学生会館(写真10番目)の建物があります。建物の外観は当時と変わりなかったですね。学生は朝イチに図書館に行って席取りしてそこで勉強し、授業などの時間は席を確保したまま出て行って、終わったらまた戻って来るみたいな感じでしたね。図書館は当時は確か12時まで開館してたと思います。スナックコーナーがあって学生はお腹がすいたらそこでカップラーメンとか食べてましたね。
学生会館には当時は学食3箇所、郵便局と銀行、散髪屋がありました。今もそれらはあるようでしたが、学食のレベルは上がりましたね。当たり前ですが(笑)。当時の学食は1階に1箇所確か600ウォンで食べられるところがあり、2階には2箇所あって確か階段を上がって左側がも少し高い食堂、とは言っても1,000ウォンか1,200ウォンぐらいだったと思いますが。右側にカフェテリアと言ってましたが、おかずやご飯を好きなのを選んで取って、最後に計算してもらうシステムの食堂がありました。ここは調子に乗って沢山取ると3,000ウォン超えちゃったみたいな感じでした。左右はもしかしたら逆だったかもしれませんが。今は小ぎれいでおしゃれな学食になってました(写真11番目~14枚目)。値段も5,000~7,000ウォンぐらいでお手頃価格でしたね。今は高くなって外食するとお昼でも10,000ウォン以上かかってしまいますからね。
さらに進むと創始者の名を冠した「アンダーウッド館」が正面に見えます(写真15番目)。銅像の人が創始者のアンダーウッド氏です。銅像の後ろに見えるのが大学院事務所の建物でした(写真17枚目)。講義の登録や成績表を受け取ったりをここでしてましたね。
18番目の写真の建物が当時私たちが講義を受ける教室や先生方の研究室があった棟です。確か当時は인문관(人文館)だったと思ったんですが、違う名前になってましたね。次(最後から2番目)の写真の建物は当時교수식당(教授食堂)でした。教授しか入れないわけではなく、学生も入って食事ができましたが値段が高めでした。それでも当時4,000ウォンぐらいだったと記憶しています。やっぱり今は교수식당(教授食堂)という名前は使われていなかったですね。今の時代に合いませんからね。
今回新村で2時間の時間をとっていたんですが、残念ながら外国語学院(韓国語学堂)の方まで行けませんでした。2時間あれば十分だと思っていたんですけどね。下宿に行く時間が思ったよりかかっちゃいましたね。次回は他の計画がありますので、それ以降で時間が取れれば語学堂と梨花女子大の方を見に行ってみますかね。新村に行くのは今回で最後と思ってたんですけどね。ちょっと計画が甘かったですね。










